「ニートのあした」宣言

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ニートはジャズ - 作品集


ニートは、強制労働社会に請求書を おくりつけます。 しごとを わけてやるから、カネを わけろ!

きょうの夕方アルタ前

 4月から実施されているいわゆる「高校無償化」政策から、朝鮮高級学校が除外されています。
 「ヘイトスピーチに反対する会」では、3月から新宿駅周辺でこの差別に反対する街頭宣伝を行ってきました。残念ながら、季節が夏にうつりかわっても排除はつづいています。
 わたしたちはひきつづき、朝鮮民主主義人民共和国と在日コミュニティへの制裁政治に反対しつつ、朝鮮学校への「無償化」即時適用を新宿でうったえます。
 ぜひ、ビラを受けとって、読んでみてください。

ばしょ:新宿駅東口アルタ前(しんじゅくえき ひがしぐち あるたまえ)
にちじ:7月27日(かようび)ごご6時から
やること:ビラまき、トラメガでしゃべる


 ブラジル人学校など、南米系の学校でも、無認可校を中心に排除が行われています。また、「無償化」が増税と抱き合わせになっているために、すでに授業料減免を受けていた生徒や、以前から授業料が比較的低額であった定時制通信制の生徒、中卒者・中退者にとってはかえって負担増となるケースもあります。わたしたちは、まだこれらの問題について十分なことを知りません。しかし問題であることは明らかなので、この点についてもあわせて問題は問題なのだということを主張します。


ヘイトスピーチに反対する会 7月27日新宿東口アルタ前:朝鮮への経済制裁と「無償化外し」に反対する街宣


経済制裁がそもそもおかしいと主張するのが特徴です。
あと、今回からブラジル人学校など南米系の学校への排除や、「無償化」プラス増税で中卒者・中退者が損をするという問題などについても触れます。
これらは、つながっていると言えばつながってるんだけど、やっぱそれぞれに文脈があるので、同時にあつかうことには慎重でなければならない。
というわけで、これまで学習してきた朝鮮への「制裁」政治反対と朝鮮学校の「無償化」外し反対をメインにうったえる。上記のような問題についてはまだ勉強が足りてないので、とりあえず社会的課題として共有することを、通行人のみなさまにうったえたい。


あとでネットにちゃんと報告が出るから、公安の人は来なくていいです。
来てもいいけど。
来るなら来るで、拍手なりなんなり、リアクションしてくれるとたすかる。


ほかのしょくんは、熱中症対策バッチリしてきてね。


(「ヘイトスピーチに反対する会」と「ニートのあした」は別団体です。てゆか後者は団体ですらないけど、いちおう天皇制打倒・政府転覆・共産主義革命をめざしてるので、破防法を適用するとしたらこっちだろう。そしたらアクセスがすごいことになるかもな。)








おまけの映画感想
マイ・ブラザー
従軍トラウマものと思いきや、家族もの。
一見、アフガニスタンの兵士がなんの個性も物語もなく描かれており、わかりやすいアメリカ中心主義の例に見える。
っていうかそういう映画だ。


しかしこんな見方もできる。
どの家族にも問題はある。それはたいてい、きょうだいのうちだれかに投影される。
というよりも、「あいつさえいなければ」という問題によって事後的に想像されるのが平穏な家庭というもの。
優等生のトビー・マグワイアが姿を消すことにより、そのような問題を引き受ける位置にあったジェイク・ギレンホールの家庭内での役割が変質していく。彼がほぼ更生をはたし、むしろ頼りにされるようになったころ、死んだはずのトビー・マグワイアが帰還する。かくして、家族内における「問題」と優等生の役割の逆転をめぐる葛藤がはじまる。


とすれば、アフガニスタンがあまりにも一面的に描かれていたことにも納得がいく。
アフガニスタンが問題だからアメリカの平和が脅かされるのではない。
逆だ。
アメリカ内部の敵対性をアフガニスタンに投影することによって、事後的にあったことにされるのが「平和なアメリカ」というものである。つまり映画に登場する「アフガニスタン」は実在する地域ではなく、アメリカ資本主義の幻想なのだ。


そんなふうに考えれば、映画内「アフガニスタン」の悪魔性の過剰な単純さは、実は辛辣なアメリカ帝国主義批判となっている。


なんてな。
そんな意図はこめられてないかもしれないけどな。
でも、そういうふうに見たほうが面白いんじゃない?